【お腹の中で赤ちゃんは一生分の成長をする】第10回 甲状腺とホルモンと赤ちゃんの脳

10 お母さんの甲状腺・ホルモンと赤ちゃんの脳

第10回 甲状腺とホルモンと赤ちゃんの脳

妊娠中のホルモンというと、女性ホルモン、つわり、情緒の変化、眠気、体温の変化などを思い浮かべる方が多いかもしれません。

妊娠すると、体の中ではたくさんのホルモンが変化します。赤ちゃんを育てるため、胎盤を保つため、出産に向けて体を準備するために、お母さんの体は大きく切り替わっていきます。

その中でも、赤ちゃんの脳と神経の発達を考えるうえで、とても大切なのが「甲状腺ホルモン」です。

甲状腺は、首の前側にある小さな臓器です。のどぼとけの少し下あたりにあり、蝶が羽を広げたような形をしています。小さな臓器ですが、代謝、体温、心拍、腸の動き、気分、エネルギー、妊娠の維持など、体全体に関わっています。

妊娠中は、この甲状腺の働きがとても大切になります。

なぜなら、赤ちゃんの脳や神経の発達には、甲状腺ホルモンが必要だからです。

特に妊娠初期は、赤ちゃん自身の甲状腺がまだ十分に働いていません。そのため、赤ちゃんはお母さんの甲状腺ホルモンに大きく支えられながら発達していきます。

ただし、ここでも大切なのは、妊婦さんを不安にさせることではありません。

「疲れやすいから甲状腺が悪いのでは」
「妊娠中に冷えがあるから赤ちゃんに影響するのでは」
「海藻をたくさん食べなければ」
「甲状腺の数値が少し気になると言われたけれど大丈夫かな」

このように不安になりすぎる必要はありません。

甲状腺の問題は、症状だけで判断するものではなく、血液検査や妊娠経過を含めて、産婦人科や専門医が確認する領域です。

今回は、赤ちゃんの脳と心の発達を支えるうえで、甲状腺ホルモンがなぜ大切なのか、そして妊娠中にどのようなサインを見落とさないほうがよいのかを、やさしく整理していきます。


甲状腺ホルモンは、体の代謝を支えるホルモンです

甲状腺ホルモンは、体のエネルギーの使い方に深く関わるホルモンです。

体温を保つ、心臓を動かす、腸を動かす、脳の働きを支える、皮膚や髪の代謝を保つ、気分や集中力に関わる。こうした体の基本的な働きに関係しています。

甲状腺ホルモンが少なすぎる状態を、甲状腺機能低下症といいます。

反対に、甲状腺ホルモンが多すぎる状態を、甲状腺機能亢進症といいます。代表的な病気には、バセドウ病があります。

妊娠中は、甲状腺ホルモンの必要量や検査値の見方が妊娠前と変わることがあります。妊娠によって甲状腺が少し多く働く必要が出てくるためです。

そのため、妊娠中の甲状腺の評価は、通常時とまったく同じ感覚では見られません。

ここは自己判断ではなく、必ず産婦人科や内分泌専門医の判断が必要です。


赤ちゃんの脳発達に甲状腺ホルモンが必要な理由

赤ちゃんの脳は、妊娠中から出生後にかけて発達し続けます。

神経細胞が生まれ、移動し、つながり、情報を伝えるネットワークが育っていきます。神経の働きを支えるグリア細胞や、情報伝達を助けるミエリンという構造も整っていきます。

甲状腺ホルモンは、このような脳と神経の発達に関係しています。

とくに妊娠初期は、赤ちゃん自身の甲状腺がまだ十分に働いていないため、お母さんの甲状腺ホルモンが重要です。

これは、お母さんの体が赤ちゃんの発達環境そのものになっている、ということでもあります。

ただし、これを聞いて「自分の甲状腺が少しでも乱れたら赤ちゃんに悪い」と極端に考える必要はありません。

問題になりやすいのは、明らかな甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症が未治療のまま続く場合です。妊婦健診や血液検査で気づき、必要に応じて医療機関で管理されていれば、対応できることがあります。

大切なのは、疑わしいサインを見逃さず、検査や治療を自己判断で中断しないことです。


甲状腺機能低下では、疲れやすさや冷えが出ることがあります

甲状腺ホルモンが少なくなると、体の代謝が落ちやすくなります。

すると、疲れやすい、寒がりになる、体が重い、眠気が強い、便秘、むくみ、皮膚の乾燥、髪が抜けやすい、気分が落ち込みやすい、集中しにくい、といった症状が出ることがあります。

ただし、妊娠中はもともと疲れやすくなります。眠気、便秘、むくみ、気分の変化もよくあります。

つまり、症状だけで甲状腺の問題かどうかは判断できません。

だからこそ、気になる症状が強い場合、または妊娠前から橋本病や甲状腺機能低下症を指摘されている場合は、産婦人科や専門医で血液検査を確認することが大切です。

特に、妊娠前から甲状腺の薬を飲んでいる方は、妊娠したら自己判断で中止しないでください。

妊娠中は薬の量の調整が必要になることもあります。必ず医師に相談し、指示に従ってください。


甲状腺機能亢進では、動悸や手の震えが出ることがあります

甲状腺ホルモンが多すぎる場合は、体が過剰にアクセルを踏んでいるような状態になります。

動悸、手の震え、暑がり、汗をかきやすい、体重が増えにくい、疲れやすい、イライラ、不眠、下痢、息切れなどが出ることがあります。

代表的な病気として、バセドウ病があります。

妊娠中の甲状腺機能亢進症も、自己判断は危険です。症状だけで判断することはできませんし、治療薬の選択や量は、妊娠時期や状態によって専門的な判断が必要です。

また、つわりが強い時期には、一時的に甲状腺の検査値が変化することもあります。これも、通常のバセドウ病と同じように扱えるとは限りません。

動悸がある、不眠が強い、体重が減り続ける、手の震えがある、息苦しいなどの症状がある場合は、早めに産婦人科で相談してください。


ヨウ素は大切。でも、日本では摂りすぎにも注意が必要です

甲状腺ホルモンを作るためには、ヨウ素が必要です。

ヨウ素は、昆布、わかめ、のり、ひじきなどの海藻類に多く含まれます。世界的には、ヨウ素不足が妊娠中の甲状腺ホルモン不足や赤ちゃんの脳発達に関係する重要な問題とされています。

WHOも、ヨウ素は母体と胎児の甲状腺ホルモン産生に必要であり、胎児の脳と神経系の発達に関わると説明しています。

ただし、日本では少し注意が必要です。

日本人は、海藻や昆布だしを日常的に摂る文化があります。そのため、ヨウ素不足だけでなく、ヨウ素の摂りすぎにも注意が必要な場合があります。

「赤ちゃんの脳に大切なら、昆布をたくさん食べよう」
「ヨウ素サプリを追加しよう」

このような自己判断はおすすめできません。

特に、甲状腺の病気がある方、甲状腺の数値を指摘されたことがある方、妊娠中のサプリメントを複数飲んでいる方は、ヨウ素の摂取量について産婦人科や専門医に確認してください。

妊娠中の栄養は、不足も問題ですが、過剰も問題になることがあります。

機能性医学の視点でも、「足りないから足す」だけでなく、「その人にとって多すぎないか」「吸収や代謝はどうか」「他の栄養素とのバランスはどうか」を見ることが大切です。


鉄、セレン、タンパク質も甲状腺と関係します

甲状腺ホルモンを考えるとき、ヨウ素だけが注目されがちです。

でも、甲状腺の働きには、ほかの栄養素も関係します。

たとえば、タンパク質はホルモンや酵素、血液、免疫の材料になります。妊娠中にタンパク質が不足すると、体全体の回復力や代謝に影響しやすくなります。

鉄も大切です。鉄不足や貧血があると、疲れやすさ、息切れ、動悸、冷え、集中力の低下などが出やすくなります。これらは甲状腺の不調と似た症状になることがあります。

セレンは、甲状腺ホルモンの代謝に関わるミネラルとして知られています。ただし、セレンも過剰摂取に注意が必要な栄養素です。自己判断で高用量サプリを飲むことはおすすめできません。

ビタミンD、亜鉛、ビタミンB群、マグネシウムなども、免疫や代謝、自律神経と関わります。

つまり、妊娠中の甲状腺を考えるときは、ヨウ素だけを見ればよいわけではありません。

食事、消化吸収、血糖、睡眠、炎症、ストレス、自己免疫の有無などを含めて、体全体の状態を見ることが大切です。


橋本病など自己免疫との関係もあります

甲状腺機能低下症の背景には、橋本病という自己免疫性の甲状腺炎があることがあります。

自己免疫とは、本来外敵から体を守る免疫が、自分の組織に反応してしまう状態です。橋本病では、甲状腺に対する自己抗体が関係します。

妊娠中は免疫のバランスが変化します。

妊娠中に症状が落ち着く方もいれば、産後に甲状腺の不調が出る方もいます。産後甲状腺炎として、出産後に一時的な甲状腺機能の変化が起こることもあります。

このシリーズは妊娠中の赤ちゃんの脳発達を中心にしていますが、実は甲状腺は産後の体調にも深く関わります。

産後の強い疲労、動悸、不安感、体重変化、抜け毛、気分の落ち込み、眠れない、冷え、便秘などがある場合、育児疲れだけではなく甲状腺の問題が関係することもあります。

妊娠前から甲状腺疾患がある方は、妊娠中だけでなく、産後のフォローも医師と相談しておくと安心です。


ストレスと甲状腺は、体全体の中でつながっています

前回は、妊娠中のストレスについてお伝えしました。

ストレスと甲状腺も、まったく別々の問題ではありません。

強いストレスが続くと、自律神経、睡眠、血糖、胃腸、免疫、ホルモンの働きに影響します。甲状腺そのものの病気をストレスだけで説明することはできませんが、体全体の調整力には関係します。

たとえば、睡眠不足が続くと疲れが取れにくくなります。血糖が乱れると動悸や不安感が出やすくなります。胃腸が乱れると栄養の吸収が落ちることがあります。慢性的な炎症や自己免疫の背景がある方では、体調の波が出やすいこともあります。

機能性医学では、甲状腺だけを単独で見るのではなく、栄養、炎症、腸、自律神経、ストレス、血糖、睡眠とのつながりを考えます。

妊娠中は、薬やサプリメントの自己判断ができない時期です。

だからこそ、基本に戻ることが大切です。

食べられる範囲でタンパク質を摂る。
朝食を抜きすぎない。
血糖を乱しすぎない。
便秘を放置しない。
眠れる環境を整える。
体を冷やしすぎない。
不安をひとりで抱え込まない。
定期的に妊婦健診を受ける。

こうした土台が、お母さんのホルモン環境を支える助けになります。


検査で確認することが大切です

甲状腺の不調は、症状だけではわかりにくいことがあります。

疲れやすい、眠い、便秘、冷え、むくみ、気分の落ち込み、動悸、不眠、イライラ。これらは妊娠中によくある症状と重なります。

だからこそ、気になる症状が強い場合は、産婦人科で相談してください。

甲状腺の評価では、TSH、FT4、場合によってはFT3、甲状腺抗体などを確認することがあります。ただし、どの検査が必要か、どの数値をどう判断するかは、妊娠週数や既往歴によって変わります。

ここは、自己判断で決めるものではありません。

インターネットで基準値を調べて不安になる方もいますが、妊娠中の数値は妊娠していない時期とは見方が異なることがあります。

また、甲状腺の薬を飲んでいる方は、妊娠中に量の調整が必要になることがあります。薬を飲むことが不安だからと自己判断でやめてしまうと、かえって母体や赤ちゃんにとって不利になる場合があります。

薬の継続や変更は、必ず医師に相談してください。


妊娠中に気になるサイン

妊娠中は体調変化が多いため、どこまでが普通で、どこから相談すべきか迷うことがあります。

次のような状態が強い、長く続く、日常生活に支障がある場合は、産婦人科で相談してください。

・強い疲労感が続く
・寒がりや冷えが極端に強い
・便秘やむくみがひどい
・動悸や手の震えがある
・暑がり、汗が多い
・体重が増えない、または減り続ける
・不眠や強い不安感がある
・甲状腺疾患の既往がある
・家族に甲状腺疾患がある
・妊娠前から甲状腺の薬を飲んでいる
・流産歴や不妊治療歴があり、甲状腺を指摘されたことがある

これらがあるから必ず甲状腺の病気という意味ではありません。

ただ、見逃さないほうがよいサインとして、医療機関で確認する価値があります。


お母さんのホルモン環境を整えることは、赤ちゃんの環境づくりです

赤ちゃんの脳と心は、お母さんの体の中で育ちます。

そのお母さんの体では、甲状腺ホルモン、女性ホルモン、インスリン、コルチゾール、メラトニンなど、さまざまなホルモンが関わり合っています。

どれかひとつだけを完璧に整えればよい、というものではありません。

妊娠中の体は、複雑に変化しながら赤ちゃんを育てています。

大切なのは、定期的に妊婦健診を受けること。気になる症状を我慢しすぎないこと。薬やサプリメントを自己判断で増減しないこと。そして、睡眠、栄養、血糖、胃腸、ストレス、自律神経をできる範囲で整えることです。

神戸市北区のもみの木鍼灸整骨院では、甲状腺疾患の診断や治療は行いません。妊娠中の甲状腺の検査・治療は、必ず産婦人科や専門医で確認してください。

そのうえで、鍼灸院として体のこわばり、呼吸の浅さ、睡眠の乱れ、胃腸の不調、自律神経の乱れなどを見ながら、機能性医学の視点で体全体のつながりを考えることはできます。

赤ちゃんの脳と心の育ちを支えるためには、お母さんの体が安心して働ける環境を整えることも大切です。


第10回のまとめ

甲状腺ホルモンは、妊娠中のお母さんの代謝を支えるだけでなく、赤ちゃんの脳と神経の発達にも関わる大切なホルモンです。

特に妊娠初期は、赤ちゃん自身の甲状腺がまだ十分に働いていないため、お母さんの甲状腺ホルモンが重要になります。

甲状腺機能低下症では、疲れやすさ、冷え、便秘、むくみ、気分の落ち込みなどが出ることがあります。甲状腺機能亢進症では、動悸、手の震え、不眠、汗、体重減少などが出ることがあります。

ただし、妊娠中の症状と重なるため、症状だけで判断することはできません。

気になる場合は、産婦人科や専門医で血液検査を確認することが大切です。

ヨウ素は甲状腺ホルモンに必要ですが、日本では海藻をよく食べるため、摂りすぎにも注意が必要です。自己判断でヨウ素サプリや海藻を増やすことはおすすめできません。

妊娠中のホルモン環境を支えるには、検査と医療管理を基本にしながら、栄養、睡眠、血糖、胃腸、ストレス、自律神経を整えることが大切です。

次回は、お腹の赤ちゃんは何を感じているのか、胎動・音・光などの感覚発達についてお伝えします。


参考文献

Thyroid Disease in Pregnancy
Hypothyroidism in Pregnancy
Iodine in pregnancy and lactation
Influence of maternal thyroid hormones during gestation on fetal brain development
Maternal thyroid hormone insufficiency during pregnancy and risk of neurodevelopmental disorders in offspring: A systematic review and meta-analysis
Thyroid Hormones in Brain Development and Function


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