【機能性ディスペプシア】第4回 胃が食べ物を受け入れられない?

第4回 胃が食べ物を受け入れられない?
「お腹は空いていたのに、数口食べただけで苦しくなる」
「食べ始めるまでは普通だったのに、急に胃がいっぱいになる」
「以前は一人前を食べられたのに、今は半分も入らない」
このような早期満腹感が続くと、「胃が小さくなってしまったのでは」と心配になるかもしれません。
しかし、食べられる量が減ったからといって、胃そのものが小さくなっているとは限りません。
私たちの胃には、食事が入ってきたとき、胃の上部をゆるめて食べ物を受け入れる働きがあります。
この働きが「胃適応性弛緩」または「胃適応性受容」と呼ばれるものです。
機能性ディスペプシア、とくに食後愁訴症候群(PDS)では、この胃適応性弛緩の障害が、早期満腹感や食後の苦しさに関係する場合があります。
この記事で分かること
・胃が食べ物を受け入れる「胃適応性弛緩」の仕組み
・少量で苦しくなることと、胃の大きさ・硬さの違い
・胃カメラや胃排出検査だけでは分からないこと
・食べられないときの食事と受診の考え方
胃は、ただ伸ばされているのではありません
胃は、食べ物を入れるだけの受動的な袋ではありません。
食事を始めると、胃の上部にある胃底部や近位胃が積極的にゆるみ、食べ物を一時的に蓄える空間をつくります。
これによって、ある程度の量を食べても胃の内圧が急激に上がらないように調節されています。
風船へ空気を入れると、内部の圧力が高くなります。
ところが健康な胃では、食事が入って胃の容量が増えても、胃壁が反射的にゆるむため、すぐには強い圧迫感が生じません。
つまり、胃適応性弛緩は、胃の中へ食べ物を無理なく受け入れるための「余白をつくる働き」です。
この働きが不十分になると、少量しか食べていなくても胃の内圧が上がりやすくなります。
その結果、「もう入らない」「胃が張って苦しい」「すぐ満腹になる」と感じる可能性があります。
重要ポイント
胃適応性弛緩は、食べ物を胃から早く出す働きではありません。食事が入ったときに胃の上部がゆるみ、内圧を上げすぎずに受け入れるための仕組みです。
食べ物が入る前から、胃の準備は始まります
胃の受け入れ準備は、食べ物が胃に到着してから始まるとは限りません。
食べ物を見たり、香りを感じたり、口に入れて噛んだり、飲み込んだりすると、その情報が神経を介して脳幹へ伝わります。
すると、迷走神経を中心とした経路を通じて胃へ信号が戻り、胃の上部をゆるめる反応が起こります。
食べ物が胃や十二指腸へ入ったあとも、胃壁の広がりや栄養素からの信号によって、受け入れられる量が調節されます。
この一連の反応には、脳幹、自律神経、腸管神経系、一酸化窒素などの神経伝達物質が関わっています。
そのため、胃適応性弛緩は「胃だけの問題」というより、胃と神経系、十二指腸からの情報が協調して起こる反射と考えたほうが適切です。
ただし、「迷走神経が関係する」ことと、「迷走神経を刺激すれば必ず治る」ということは同じではありません。
深呼吸やリラックスで食べやすくなる人はいますが、それだけで胃適応性弛緩障害を治療できるとまでは証明されていません。
また、心拍変動(HRV)は自律神経の状態を考える手がかりの一つですが、HRVだけで胃適応性弛緩障害を診断することはできません。
胃が硬くなっているわけではありません
「胃が広がらない」と聞くと、胃壁が硬くなり、物理的に伸びなくなった状態を想像するかもしれません。
しかし、機能性ディスペプシアにみられる胃適応性弛緩障害は、通常、胃が瘢痕化して硬くなるという意味ではありません。
胃の筋肉をゆるめる神経反射や、胃と十二指腸から脳へ伝わる信号の調節が十分に働かず、食事に応じた容積変化が起こりにくくなっている可能性があります。
また、胃がある程度広がっていても、その広がりを強い圧迫感として感じる「内臓知覚過敏」が重なっていることもあります。
胃の容量そのものが足りない場合と、通常の容量変化を苦しく感じている場合は同じではありません。
実際には、胃適応性弛緩の障害と内臓知覚過敏が同時に存在することもあります。
少し食べただけで苦しくなる症状を、「胃が小さいから」の一言で説明することはできないのです。
機能性ディスペプシアの全員にあるわけではありません
代表的な研究では、機能性ディスペプシアの患者さんの約40%に胃適応性弛緩の障害が認められ、早期満腹感との関連が報告されています。
ただし、この割合は検査方法や対象となった患者さんによって変わります。
専門医療機関を受診した患者さんの研究結果を、すべての機能性ディスペプシアの人へそのまま当てはめることはできません。
また、早期満腹感があるからといって、必ず胃適応性弛緩が障害されているとも限りません。
早期満腹感には、胃適応性弛緩のほかに、
・胃や十二指腸の知覚過敏
・胃排出の遅れ
・十二指腸からの過剰なフィードバック
・食事に対する不安や条件づけ
・吐き気や腹部膨満
・便秘など下部消化管の状態
が関係する可能性があります。
「少ししか食べられない」という一つの症状の背景にも、複数の仕組みがあるのです。
胃カメラでは分からない働きです
胃カメラは、胃がん、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、粘膜の炎症などを調べるために重要な検査です。
しかし、通常の胃カメラで、食事をしたときに胃がどの程度ゆるみ、どのように食べ物を受け入れているかを測定することはできません。
胃カメラの最中に胃が空気で広がったからといって、胃適応性弛緩が正常だとも判断できません。
検査中に空気で胃を広げることと、食事に反応して神経反射によって胃がゆるむことは、同じ現象ではないからです。
胃適応性弛緩を評価する方法には、胃の中へバルーンを入れて圧力と容量の変化を測る胃バロスタット検査、胃の画像から食後の容積変化を調べるSPECT、胃内での食物分布を調べるシンチグラフィ、超音波、MRIなどがあります。
一定量の水や栄養飲料を飲み、満腹感や飲めた量を確認する飲水試験・栄養飲料負荷試験もあります。
ただし、飲水試験は胃適応性弛緩を直接測定しているわけではありません。知覚過敏、吐き気、心理的な予測などの影響も受けるため、間接的な評価です。
胃バロスタット検査は詳しい情報を得られますが、身体への負担が大きく、日常診療で広く行われる検査ではありません。
そのため現時点では、胃適応性弛緩障害を簡単に確定できる検査は、一般の医療機関にはほとんど普及していません。
検査結果を読むときの注意
胃カメラや胃排出検査が正常でも、食事を受け入れる反応や刺激の感じ方まで正常だと断定することはできません。一方、早期満腹感だけで胃適応性弛緩障害と決めることもできません。
胃排出が正常でも、少量で苦しくなることがあります
胃適応性弛緩と胃排出は、別の働きです。
胃適応性弛緩は、食べ物が入ってきたときに胃の上部をゆるめ、いったん受け入れる働きです。
胃排出は、その食べ物を胃の下部から十二指腸へ送り出す働きです。
たとえるなら、胃適応性弛緩は「荷物を置く倉庫のスペースをつくること」、胃排出は「荷物を次の場所へ送り出すこと」に近いかもしれません。
倉庫から荷物を送り出す速度が正常でも、最初に受け入れるスペースをうまくつくれなければ、食べ始めてすぐに苦しくなります。
反対に、胃は十分に食事を受け入れられても、その後の胃排出が遅れて、食後しばらくしてから胃もたれや吐き気が強くなる人もいます。
胃排出検査が正常だったとしても、早期満腹感の原因がすべて否定されたことにはなりません。
ストレスで食べられなくなるのは、気のせい?
強い緊張や不安があると、食事がのどを通らず、少量で胃がいっぱいになることがあります。
これを「精神的な問題だから」と片づけるのは適切ではありません。
脳と胃は、自律神経、内分泌系、免疫系などを介して双方向に影響し合っています。
強いストレスによって胃の受け入れ反応や胃腸の知覚が変化する可能性はあります。
反対に、食べると苦しくなる経験が繰り返されることで、「また苦しくなるかもしれない」という予測が生まれ、食事前から身体が緊張することもあります。
これは、症状を本人が作り出しているという意味ではありません。
身体からの信号と、過去のつらい経験に基づく脳の予測が重なり、症状が増幅される可能性があるということです。
機能性ディスペプシアを「胃か心か」の二択で考えるのではなく、胃と脳が相互に影響する腸脳相関として考える必要があります。
食べられないとき、量を減らすだけでよい?
一度に食べる量を減らすと、胃の苦しさが軽くなる場合があります。
少量の食事を複数回に分けることや、急いで詰め込まず、症状が強くなる前にいったん止めることも、現実的な工夫です。
ただし、「食べると苦しいから」と食事量を減らし続けるだけでは、必要なエネルギーやたんぱく質、鉄、ビタミン、ミネラルが不足する可能性があります。
脂質の多い食事で症状が強くなる人もいますが、脂質を完全に除くことが適切とは限りません。
食物繊維が多い食事も、健康に良いという理由で無理に増やすと、胃の張りや早期満腹感を強める場合があります。
大切なのは、「一般に胃に良い食事」をそのまま当てはめることではありません。
固形物と液体のどちらが取りやすいか、一回量はどこまでなら苦しくならないか、脂質や食物繊維の量で変化するか、一日の合計量を確保できているかを見ていきます。
意図しない体重減少がある場合や、食事量が回復しない場合には、自己流の食事制限だけで様子を見ず、医師や管理栄養士へ相談してください。
食べにくいときに確認したいこと
・一度に食べられる量と、一日の合計量
・固形物と液体のどちらが取りやすいか
・脂質や食物繊維の量で症状が変わるか
・体重減少や栄養不足の兆候がないか
食べられない状態が続くときは、我慢や過度な除去食で対応せず、医療機関へ相談してください。
胃を広げる薬があれば治る?
日本では、機能性ディスペプシア、とくにPDSの治療薬としてアコチアミドが使われることがあります。
小規模なランダム化比較試験では、アコチアミドによって食後の胃適応性弛緩や胃排出が改善したことが、超音波検査で報告されています。
ただし、すべての患者さんに同じ効果が得られるわけではありません。
胃適応性弛緩を促す可能性が研究されている薬はほかにもありますが、研究規模が小さいものや、日本では機能性ディスペプシアに対して承認されていないものもあります。
「早期満腹感があるから、胃適応性弛緩の薬を使えばよい」と単純には決められません。
症状、持病、併用薬、検査結果などを踏まえて、医師が治療を選択する必要があります。
薬やサプリメントを自己判断で増やすことは避けてください。
食べられる条件を、胃だけに限定せず考える
神戸市北区の当院にも、三田市などから「胃カメラは正常なのに、少ししか食べられない」「食事の途中で急に苦しくなる」という方が来院されます。
鍼灸院では、胃適応性弛緩障害を確定診断することはできません。
まずは医療機関で、胃潰瘍、胃がん、胃不全麻痺、胆のうや膵臓の病気、内分泌疾患など、症状を説明し得る病気について必要な評価を受けることが前提です。
そのうえで当院では、機能性医学の視点も交えながら、食べられる量、症状が始まるタイミング、食事内容、食べる速度、便通、睡眠、月経や更年期、ストレス、服用薬などを整理します。
「胃が小さいから仕方がない」と諦めるのではなく、どの条件で胃が受け入れにくくなっているのかを丁寧に見ていくことが大切です。
胃は、食べ物によって一方的に押し広げられているのではありません。
食事の到来を感じ取り、神経を介して自らゆるみ、食べ物を受け入れる準備をしています。
その働きが乱れると、胃カメラで形の異常が見つからなくても、少量で強い満腹感や苦しさが起こることがあります。
「食べたいのに食べられない」のは、意志の弱さでも、単なる好き嫌いでもありません。
まずは症状を我慢し続けず、必要な検査と栄養の確保を優先しながら、胃が食事を受け入れやすい条件を探していきましょう。
次回は、「胃に食べ物が残っている?」をテーマに、胃排出の遅れと胃不全麻痺、機能性ディスペプシアとの違いについてお話しします。
参考文献
Törnblom H, et al. Gastroduodenal Disorders.
Tack J, et al. Role of impaired gastric accommodation to a meal in functional dyspepsia.
Ang D. Measurement of gastric accommodation: a reappraisal of conventional and emerging modalities.
Miwa H, et al. Evidence-based clinical practice guidelines for functional dyspepsia 2021.
「胃カメラは正常。それでも胃がつらい」シリーズ
シリーズ前回: 第3回「胃もたれ型と胃痛型は同じ?」
シリーズ次回予告: 第5回「胃に食べ物が残っている?」
※第5回は次回予告です。投稿日・公開ページのリンクは設定していません。
執筆者情報
水根 健一
柔道整復師・鍼師・灸師/Advanced Functional Medicine Clinician
神戸市北区のもみの木治療院で、鍼灸・整体・機能性医学の視点から、胃腸症状だけでなく、食事・睡眠・便通・生活背景を含めて身体全体を見ることを大切にしています。
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